月単位のアーカイブ: 9月 2019

父の目(3)

 

9月21日(土)の午後6時ごろから23日(月)の午前10時ごろまで、

ずーーーーーと父の顔を見ながら話をしました。

今まで言えなかった父への感謝の気持ちであったり、

愚痴や不満もぶちまけて話しました。

最後は何も心配せず安心してくださいと伝えました。

 

でも一度も父は目を開けてくれませんでした。

優しい顔で目を閉じたまま私の話を聞いていましたねぇ。

 

地域医療そして衛生士教育に一生をささげた父。

皆様には大変お世話になりました。

父に代わりこの場でお礼を述べさせていただきます。

 

ありがとうございました!!

 

善本秀知 享年95歳

父の目(2)

 

平成6年に善本歯科医院の院長が父から私に交代しました。

その翌年にあの大震災が・・・

父の妹と義理の弟が亡くなり、もう一人の妹も頭を骨折して入院。

親戚は腰を骨折して入院。

父の生まれ育った実家であるお寺は全壊。

そしてここ善本歯科医院も半壊の被害を受けました。

 

父はずっと泣いていました。

私が見た初めての父の涙でした。

小さな体にポッコリお腹のスーパーマンと思っていた父の姿はそこにはありませんでした。

そんな姿は私の知っている尊敬している父ではないと、

私は父の目を見ることも、父の姿を見ることも避けてしまいました。

 

医院の再建は私に任せ、父は実家であるお寺の再建に尽力し、そして衛生士協議会の為東京へ行き来するようになり本来の父の姿に戻ってきました。

眼光鋭い父の目は苦手ですが、父の怖い目をまた直視できなくなってしまったことが、何となく嬉しかったですね。

 

82歳で父は歯科医師を引退しましたがその後も東京への会議へは出席していたかな?

この頃の父は優しい目をしていましたが、何となく恥ずかしくて目を見て話しをすことができませんでしたね。

 

 

父の目

 

父は昭和34年8月にここ板宿の地で歯科医院を開業しました。

開業する前は秋田の病院で勤務し、そしてそこで母と知り合ったそうです。

 

私はこの開業した年、そして開業した月に産まれました。

一年前には兄が生まれていたので小さな子供2人の面倒を見ながら母は父の手伝いをしていたそうです。

当時は歯科医院が少ない時代、それはそれは忙しかったそうです。

早朝夜が明ける前から順番待ちの列ができ、その日の診療が終わるのが夜中零時を回る日もあったそうです。

そんな忙しい状況を見ていた叔父はその当時の忙しさをこんな風に表現していました。

 

光広(私)は自分でおしめを替えとったよな!!

 

って

 

とにかく父は厳格な人でした。

父と話をするときは必ず怒られている時でしたね。

目を見ながら父と話しをすることなんて全くできませんでした。

怖い父でしたが全然嫌いではなかったですし、小さなころから私は父の事を尊敬していました。

確か小学生の頃の文集に、

 

僕の将来の夢はお父さんのような立派な歯科医師になることです。

 

って書いた記憶があります。

私が歯科医師になってからそして一緒にこの医院で働くようになってからも、父が怖くて目を見ながら話せなかったです。

流石に大声で怒られることは少なくなっていました。

でも怒られることがゼロではなかったですね。

 

一緒に働くようになってから知った事実。

それは衛生士教育に生涯をかけていたことでした。

診療は私に任せて東京まで会合に毎週のように行っていました。

兵庫歯科学院では長年校長を務めながら、衛生士の地位向上のためには教育そのものから変えないと駄目だという信念のもと、2年制から3年制の教育に変える為に尽力していました。

多くの方々の協力支援のもと、

平成22年4月1日までにすべての衛生士養成機関は、3年制以上になりました。

勝手な私

 

私は、毎朝結構早くから出勤してきます。

駐車場に車を止めて医院まで歩いてくる間、早朝によく出くわす風景それは・・・

歩きタバコ

です。

人がほとんど歩いていないので、歩きタバコをしてしまう気持ちは十分わかります。

私も20年前まではそうでしたから。

でも早朝前を歩いている人がタバコを吸っていると、

後ろを歩いている私が煙を吸ってしまい

いやぁ~な気分

になってしまうのも事実です。

 

今朝前を歩いている人がタバコを吸っていたので、わざわざ反対車線の歩道に移動しました。

・・・がそこでもまた前を歩く人がタバコを吸っていました。

ついてない日はこんなものですね。

 

歩きタバコに続いて気になるのがコンビニ店頭の灰皿です。

灰皿があるとスモーカーが集まってくるのは仕方ないですよね。

大分でこんな実験がなされています。

 

10月31日までの実証実験だそうです。

どんな結果が出るのか楽しみです。

 

私の医院の200m圏内のコンビニ3店が、1カ月前頃から店頭の灰皿を撤去しました。

申し合わせたかのようにほぼ同時期だったと思います。

店頭の灰皿が無くなると全くと言っていいほどスモーカーは集まらなくなりました。

そして缶や吸い殻などのごみもなくなったのも事実です。

 

奈良県生駒市庁内では喫煙した職員は喫煙後45分間はエレバーターに乗ってはいけないそうです。

喫煙後の服、息などから検出される残留タバコ成分に接触することで生じる「三次喫煙」対策の一環だそうです。

 

もし私が今もまだタバコを吸っていたら、

なんて言ってるんでしょうねぇ。

間違いなく言いたい放題文句言ってるでしょうね!

吸わせろ—-!! って

勝手な私です。(^-^;

クラリネットを吹く青年

 

先日大阪歯科大学同窓会の方から私に電話が・・・・

同窓会誌への原稿寄稿を、父に依頼してほしいということでした。

同窓会の方へ現在の父の状態を説明し丁寧に私の独断でお断りしました。

 

父は原稿が書くのが好きでした。

私が幼いころからつい10年くらい前まで、父の姿と言えばいつも机に向かって何かを書いている光景しか思い浮かばないくらいです。

15日の敬老の日父に会いに行くと、もう一人では歩くのが困難な状態。

年老いたなぁ~

怖くてまともに目を見て話すことも出来なかった父の姿はそこにはありませんでした。

 

行くとすぐに、2~3日前に送られてきたというこれを見せてもらいました。

 

2年ほど前に書いた原稿が掲載されていました。

 

そこには私が知らない父の姿が書かれていました。

クラリネットを吹く青年時代の父の姿はどんなだったんだろうか?

これが最後の父が書いた原稿になるのかなぁ?