Monthly Archives: 3月 2011

相棒・最終回・・そしてシーズン2へ

4年半勤務して頂いた、なっちゃんアシスタントが今日で寿退社です。 昨夜は、送別会。 なみだ、涙の送別会でした。 歯科医師生活27年の中で出会った最強のスーパーアシスタントでした。 ただただ、彼女には一言、 私を助けてくれてありがとうございました。 そして次なる相棒をこの一ヶ月本当に愛情もって指導してくれてありがと。 たった一ヶ月の新人がなっちゃんの送別会で大泣きするとは・・・ それだけ、なっちゃんを慕い、尊敬していたんやね。 本当に、ありがとうございました。 私が文章で書くより、なっちゃんへの一人一人の思いを動画でお伝えします。

原点回帰・・双葉

私の原点は、小学6年生。 これには、もう一つ深い理由があります。 小学校の花壇の片隅に、先生に内緒で一つの種を植えました。 その種が何だったのか、またなぜ植えたのかの記憶がありません。 朝学校に行くと、こそっと花壇に一人で行き水をやり、早く芽がでないかなぁ~って・・・・ 何日かして芽が出て、そして数日すると双葉になりました。 その双葉を見た瞬間、涙が出て止まらなくなってしまったんです。 やんちゃで、学校中を走り回っていた自分が・・・涙??? なぜ、涙がでるんだろうか? 拭いても拭いても涙が止まらず、辺りに誰もいないかずっと気にしていました。 男子たる者、涙見せずの時代ですから、泣いている自分が恥ずかしくて恥ずかしくて・・・ 悲し涙しか経験したことがない自分が、今涙している事に、違和感を抱き、すぐにその感情を羞恥に変え脱ぎ去ろうとしました。 自分の涙の意味がまだ理解できないくらい子供でした。 あの日の感情は、私の心の原点で、そして歯科医師の原点になっていると思います。 さて、あの日の双葉はなんの花だったんだろうか?

まっ、いいかぁ

仕事柄、名刺を配るという事がほとんどありません。 でも、無いと困るのも事実です。 名刺を作成する時も、レイアウトやフォント体や紙質やといろいろとこだわってしまいます。 もう2年以上前に、100枚ほど作成した名刺がまだ20枚残っています。 個人のメールアドレスが変わってしまったので、名刺を作り替えなければなぁって思っていた矢先、名刺入れをプレゼントして頂きました。 これで名刺を新しくする決心がつきました。 チッチャナ決心ですが、これがなかなかつかず、 “まっ、いいかぁ” って思う事って日常多いですよね。(^_^;) “まっ、いいかぁ”でほったらかしている事って他になかったかなぁ(?_?) (モチロンコレモツマカラノプレゼントデス)

原点回帰

原点回帰 さて??自分の原点はどこだろうかなぁ?? なぁ~んて事を最近よく考えます。 10年前、20年前、30年前、40年前と遡って考えてみると、どうしても引っかかる  “ 時 ” が私にはあります。 それは、小学6年生。 夢という言葉さえも知らず毎日がむしゃらに遊んでいた “ 時 ” ひねくれていたけど、でも純粋だったような??? 記憶のすり替えをしてしまっているのかもしれませんが・・・ 絶対こんな大人にはなりたくない!! と強く思っていた自分がそこにはいたような気がします。 自分の原点が小学6年生?? あまり自慢できた話ではない気がしますが、時を遡っていつもたどり着く “ 時 ” が小学6年生なんです。 あの時こんな大人になりたくないって、どんな大人になりたくなかったんだろうか? 逆にどんな大人になりたかったんだろうか? ずーーっと、小学6年生の自分を探してしまいます。 銀婚式のお祝いにとジムのトレーナーからマグカップを頂きました。 このマグカップを見ていると、なぜか小学6年生の自分が微笑んでくれているようで不思議な気持ちになるんです。 そう、それはそれは、とてもいい気持に・・・ (関野トレーナーありがと)

珈琲の青山のビル3Fの善本歯科医院

私の医院のある板宿という町で、待ち合わせや、場所の説明に使うスポットといえば、 郵便局・ミスド・ケンタ・マクドそして、珈琲の青山。 特に古い郵便局と、珈琲の青山は、知らない人がいないくらい・・・かも? この3~4日前から出勤の時に何か違和感を感じていました。 なんか町の雰囲気が違うなぁ~って 昨日その意味が分かりました。 珈琲の青山が閉店していたからです。 窓は完全に板張りをされて、閉店の張り紙が・・・ さーーて、そこで大変!!  私の医院の説明には全て、 “ 珈琲の青山のビル3F ” と書いています。 丁度電話帳広告の更新を済ませたばっかりの為、急遽原稿の訂正を・・・ さて、次に何が入るのだろうか? 私的には、完全禁煙のスタバが入ってくれるといいなぁ~なんて勝手に思っています。 もう30年近く珈琲の青山はあったと思います。とてもお世話になりました。 青山さん、ありがとうございました。

昔はパワハラの代表、でも今は・・・

私が自動車免許を取得した32年前の自動車学校と言う所は、 パワーハラスメントの代表ともいえる場所でした。 忘れもしません、第2段階の一時間目の乗車中に、指導教官から交通法規をまくしたてられ、一問でも間違えると、 “ チィ ”っと舌打ちをして、 『こんなん分らんかったら乗る資格なんかあるかぁ!!』っと恫喝・・・ その一時間は技能教習中にも関わらずまったく、運転技術を教えてもらえませんでした。 あまりにも腹が立ったので、次の時間も同じ教官を指名すると、 私の顔を見るなり、またも “ チィ ”っと舌打ち。 そして教官は一時間窓の外を見たまま一度もしゃべらず、私はひたすら外周を回るだけ。 でもこんなのが当たり前の時代でした。(^_^.) 22年前に、自動二輪中型の免許を取った時も、まだまだこういうパワハラが多々ありました。 で、今回は、妻と娘が通ってとてもよかったというお勧めの自動車学校に入学。 お勧めとはいえ、トラウマがある私は、けんか腰で入学(?_?) まぁぁーーー、びっくり(@_@;) 浦島太郎でした。 優しい!! 丁寧!! 親切!! そして、的確な指導!! この5日間で担当していただいた教官全てに脱帽でした。 私が自動二輪の免許を持っているにも関わらず上手く乗れなかったのは、22年前にテクニックを教えてもらっていなかったからだと、よく分りました。 昨日で第一段階が終了。 この5時間で、大型自動二輪を乗りこなすコツやテクニックを懇切丁寧に指導して頂いたおかげで、自信ではなく安心感が湧いてきました。 あと7時間乗れば卒業検定。 でも学生が春休みという時期で、まったく技能予約が取れません。 次は一週間後。実技は出来るだけ間が開かないのが望ましいですが、こればっかりは仕方がないですね。 私が今通っているのは、ジェームス山自動車学院・学園都市校。 乗車前はハラハラドキドキで緊張しまくりです。 完全に目が死んでますね。

次の25年へ

昨夜、家族3人で銀婚式のお祝い。 何をしゃべったでもなく、笑い声の絶えない2時間でした。 買ったばかりの私のカメラで写真を撮っては、大笑い(^’^) 何が楽しいのか分らないけど、楽しかったです。 妻へは、ジャケットをプレゼント。 私は、・・・・ キラリと光る指輪??ではなく、手!! キラリと光る指輪??ではなく、私の顔!! 妻からは、指輪をプレゼント。 この写真では分りずらいですが、歯を型どった指輪です。 銀歯の中に、一本だけ金歯が・・・ 次の25年へ向けての出発です。(^_-)

四半世紀

  院長室の机の上の、RADIO FLYER. そこに、掛けられている指輪。 内面に刻まれた文字は・・・ 1986・3・23 この指輪を手にして、今日で丁度25年。 今日は、私たち夫婦の結婚記念日。 そして、銀婚式です。 結婚したのが、26歳の時。 若かったなぁ~ってつくづく今思います。 その頃、自分は優しくて、思いやりがある人間だって思っていました。 何を根拠にそんなことを思っていたのかなぁ(?_?) 少なくとも、その当時の私は、今の100分1も優しくなかったと思いますね。 今の100倍わがままだったかな(@_@;) 妻と娘にはずいぶんと苦労を掛けてしまいました。 反省ばっかりの四半世紀でした。 次の25年後は、76歳。 またまた、反省ばっかりの四半世紀にならないように、人として生きていかなければ・・・・ シワシワで、しみだらけで、そして節くれだってしまった指には入らなくなってしまいました。 でもこれからもこの手で家族を守っていかないと・・・

入学してきました

今年の初め頃から、ちょっとやってみたいことがありました。 (高等な話ではなく、遊びの話ですよ。(^_^;) ) でもやっぱり引っかかることは、歳 !! もうそろそろ落ち着いたらと言われそうで・・・・ なかなか決心がつきませんでした。 世の中本当に何が起こるか分かりません。今回はその言葉を目の当たりにしました。 やりたいなぁ~って思っていることが出来る環境にあれば、躊躇すべきではないって思いました。 (何度も言いますが、 高等な話ではなく遊びの話ですのであしからず。(-_-;) ) 妻に話すと、 『危ないからやめなさい。』 と一刀両断!!  でも、そのあとに、 『やりたいことは出来るうちにしとかないとね。(^’^)』 ・・・・と でこの土曜日に入学してきました。 自動車学校に もう5年以上バイクに乗っていないけど、 簡単!簡単!ちょろいちょろい!! と思っていましたが、ナナハンに跨って何もできない、なんのテクニックもない、単なる51歳のちっちゃいおっさんという自分を認識。 しかしそこは根っからの真面目さと前向き思考で、切り替え、 “出来ないから、学校に入学したんや!! 初めからできたらこんなとこに来ていない。何もできない、ピッカピッカの一年生を思いっきり自慢してやろう!! ”って・・・ 卒業して公道でこけると危ないので、今のうちに一生分こけてやる!!

がんばれ!!高校球児

16年前長田区で喫茶店をやられていて、全壊された患者・Nさんが先日来院されたとき、 『大変なことになりましたね。でも私は16年前のあの大変な中、善本歯科にNさんがポットに温かいコーヒーを入れて来てくれたことがとても印象に残っています。震災後初めて口にした温かい物だったから・・・』 『私はね、震災直後、ぐっちゃぐちゃの真っ暗な医院の中から、私の入れ歯を探し出してくれて入れてくれたことが、とても嬉しかったですよ。』 『そんなことがありましたか・・・・』 あの時、、無我夢中で考えることなく行動をしていたため、 “ 何をしたか” という記憶が飛んでしまっています。 でも、 “ 何かをしてもらった ” という記憶は鮮明に残っています。不思議ですね。 あの日、飲んだ温かいコーヒーの味は世界一でしたよ、Nさん!! プロ野球開催問題。 難しい話???ではないような気がします。 まだ現在、一部地域では災害発生中。そして計画停電の最中。 普通に考ええれば答えが出るはず。 でも野球をする姿が、被災地の人たち心の安らぎを与えてくれる時が必ず来るはずです。 今はその時期ではないと私は思います。 春の選抜高校野球は意味が違ってきます。 被災地の高校球児にエールを送りたいですよね。 ドーム型球場は、昼夜に関わらず電気の消費量は同じだそうです。 この綺麗な照明を、誰も悪意の目で見なくなる時期まで待てなかったのかなぁ?この光が希望の光に変わる日が来るはずですよ。