22日小屋浦へ

 

ボランティアセンターは9時からなのに8時過ぎには着いてしまいました。

 

でももうすでに数十名の方が来られていました。

希望する地区別に座るようなので私は小屋浦の列に座って待っていました。

9時前には9割ほどの席が埋まる人数が集まっていましたが、正直少ないなぁ~という印象でした。

ボランティアセンターの方が注意事項を説明しその後各地区の状況説明をされました。

 

小屋浦地区はセンターから一番遠くボランティアの方の車に乗り合いして現地に向かう為、帰りたくても途中で帰ることが難しく、さらには一番過酷で悲惨な状況なので自信のない方は遠慮せずほかの地区の席に移ってください。

 

との説明。

 

その説明を聞き数名の方が席を立たれました。

正直私も怖くなり席を立とうかと葛藤しているうちに立つ機会を逃してしまいました。

東京から来られたという方の車に乗せていただき小屋浦へ・・・

車中話をしていると、この方の行動力には頭が下がる思いでした。

車で東京から真備町に入り、呉市天応に入り、そして小屋浦へ

女性の方です。

小屋浦は過酷ですという説明で席を立とうとした私はとても恥ずかしかったです。

 

小屋浦地区

 

小屋浦小学校がこの地区の活動拠点

1キロ先のホームセンターに車に止めて小学校まで徒歩で・・

上の地図の丸で囲んだところが今回私が入ったところです。

 

その地区に入った瞬間、

異様な雰囲気、

そして何とも言えない異臭に言葉が出ませんでした。

新築分譲住宅。

 

水は1階が完全に水没するほどまで浸水していたようです。

 

私は4人のグループである家の玄関先の泥出し、家具出しの仕事でした。

玄関は道路から少し中に入ったところ。

玄関先から家の前の道までが泥で埋まっているため家具出しが出来ない状態でした。

まずは玄関先の泥を土のうに詰めて出していく作業が延々と続きました。

 

穴の開いたドラム缶に、

 

土のう袋をかぶせそこにスコっプで泥を詰め、

 

猫車に載せて土のう置き場まで運びます。

 

泥をいくら出していくら出しても、

何も変わっていないんじゃないかな?

本当に役に立ってるのかな??

体の力は有り余っているのに、心の力がそぎ落とされていく自分の弱さに・・・情けないなぁ~って

 

それでも作業開始から3時間すると少し空間ができ初め大型家具を取り出す作業を行うことに。

家の中に入ってみると何とも言えない光景と外とは比べものにならない異臭に絶句でした。

 

食器棚、冷蔵庫、洗濯機、洋服ダンス、電子レンジに鍋にヤカンに・・・・普通の家庭に普通にあり、普通に日常使っている家財道具。

泥水だらけで言葉にならなかったです。

冷蔵庫を運ぶ時腐ったトマトが中から出てきたとき、スーパーでこのトマトを手にした時こんなことになるとは想像もしてなかっただろうな・・・って思うと我慢できず涙が・・・誰にも気づかれないように帽子を目深にかぶり直しその後も黙々と作業を・・・・

 

泥水を含んだ家財道具はとても重く、住人の方だけで運び出すのは無理だったんでしょうね。

全て運び出し終えた時、住人の方の小さな、か細い、ため息の様な声が聞こえました。

 

スッキリしたねぇ。

 

涙声でした。

少しは私たちは役に立ったのかなぁ?

 

3時までその後も泥を土のうに詰め込む作業を・・・

炎天下の作業でしたので正直体がもったのが不思議なくらいでした。

途中持って来ていた水が無くなり、一緒に作業をしていた方の貴重な最後の水を少し分けてもらいました。

あの水は最高においしかったなぁ~