30年前は “ オーレ!神戸 ” 応援団長、今はサーカス団長

VISSEL神戸30周年記念チャリティーマッチ

LEGENDS MATCHを8月2日土曜日に観戦して来ました

 

1995年からのVISSEL神戸30年の歴史

その前の歴史をご存じでしょうか?

しっかりとVISSEL神戸のHPに記載されていました。

 

1993年12月に「神戸にプロサッカーチームを作る市民の会」オーレ!神戸発足と記されています。

 

(上写真は、オーレ!神戸 スタッフバッジ)

オーレ!神戸立ち上げ前から私は関わっていました。

夜な夜な作戦会議を行い、

街頭での広報活動・署名活動、サッカー場外での広報活動・署名活動、イベント会場での広報ブース設立等

出来る事はいっぱいしました。

今のようなネット社会ではなかったので人海戦術しか方法はありませんでした。

神戸市歯科医師会を巻き込むのも私の役割。

神戸市歯科医師会の理事会で時間を頂きJリーグ理念を語った時歯科医師会の重鎮の先生方は胡散臭そうな顔をしながら私の話を聞いていたのを覚えています。

今では笑い話ですが、、、

市民の署名も23万8000人も集まり、賛同していただける団体も多く集まり、水面下で交渉を続けていた川崎製鉄サッカー部との話も内うちでは決まった段階で神戸市長と面会。神戸市を巻き込んでのプロサッカーチーム設立が動き出しました。

流石に神戸市長室で市長と面会した時は緊張しました。

市長も快諾していただき、市長室を出た時喜びのあまりみんなで抱き合ったのを覚えています。

 

そのオーレ!神戸で共に活動してくれたある若者がいます。

下の写真は神戸国際展示場で大森一樹監督の映画「シュート」のイベントブースがあり、そこの一角を使わせてもらいオーレ!神戸の広報活動をしたときの写真です。

 

左端の写真の若者はとても人を引き付ける能力がありオーレ!神戸の応援団長としての盛り上げ役でした。

レジェンドマッチの会場で30年ぶりに再会。

今の本職はサーカス団長です(^.^)